KORGも Winter NAMM 出展リストのページはあるのだが,品名とごく短い説明のみで写真も無いのでよくわからないぞ。「超小型シンセサイザーmicroX」と「新感覚のアナログ・モデリング・シンセサイザー/ ボコーダーRADIAS」とは一体何物なのか? でもアナログ志向はRolandと同じですな。
![]() | KORG micro X () KORG この商品の詳細を見る |
ローランドから新製品が発表された。今はまだ小さい写真と簡単な説明文でしかわからないが,シンセサイザーに注目してみると,まずJUNO-Gから。名前からしてJUNOだが,デザインがいよいよアナログ時代のようになってきた。SRXのスロットがあるので「いろんな音色一揃え」なタイプだろう。ステレオ・オーディオ・トラック×4が特徴か。
そしてSH-201はまさしくアナログモデリング。音の機構はもちろん,名前もデザインも。同時発音数が10音というのは,通常のデジタルものと比べていかにも少ないが,比較対象が昔のアナログシンセだと思えば進化したことになるだろう。
それからVP-550だが,「声の演奏」ができるボーカル&アンサンブル・キーボード,というのが少し謎だ。「ボーカル・デザイナー」と高品位PCM音源採用の「アンサンブル」パートを併載,とあり,ボコーダー機能や声っぽいプリセット音に加えて何ができるのか注目したいところ。
今や“全く新しい音”というのはもう出尽くして期待できない時代になってしまったようなので,“どう使えるか”という点に画期的なアイデアが見出せる機材が欲しいと感じる。
そしてSH-201はまさしくアナログモデリング。音の機構はもちろん,名前もデザインも。同時発音数が10音というのは,通常のデジタルものと比べていかにも少ないが,比較対象が昔のアナログシンセだと思えば進化したことになるだろう。
それからVP-550だが,「声の演奏」ができるボーカル&アンサンブル・キーボード,というのが少し謎だ。「ボーカル・デザイナー」と高品位PCM音源採用の「アンサンブル」パートを併載,とあり,ボコーダー機能や声っぽいプリセット音に加えて何ができるのか注目したいところ。
今や“全く新しい音”というのはもう出尽くして期待できない時代になってしまったようなので,“どう使えるか”という点に画期的なアイデアが見出せる機材が欲しいと感じる。
![]() | ローランド 129ボイス・エクスパンダブル・シンセサイザー JUNO-G(M) () ローランド この商品の詳細を見る |
Cryptonからは「MEIKO」という日本語女性ボーカル・ソフトウェアが出ていて,それは音符と歌詞をツールで入力するときちんと歌ってくれるソフトシンセである。CubaseやSOL2のVSTプラグインとしても使える。デモを聴くと“声質”は金属質のキンキンした響きが少し混ざっている感じもしたが,まぁ合成音らしくてかえって楽しいといったところ。和音にするとさすがに昔のボコーダー・サウンドっぽい“音”になってはいた。
そのボーカロイドのシリーズに日本語男性版「KAITO」が新登場だそうだ。(あまり日本人らしくない名前だが。)さっそくデモを聴いてみたが,なんとも不思議な感じ。音としてはMEIKOよりも合成っぽい成分が減って人間らしくなったと思うのだが,歌い回しというか表現は当然機械的。そこがなんとも不自然。男の声としてはやや高くて済んだ声なので,陽水を模したロボットでも置いておけばそれっぽく聞こえるかもしれない。
まぁどちらも昔の「ロボット・ボイス」と比べれば明らかに人間的なので,ソングライターにとっては歌う手間が省ける便利なツールとして役立つかもしれない。
そのボーカロイドのシリーズに日本語男性版「KAITO」が新登場だそうだ。(あまり日本人らしくない名前だが。)さっそくデモを聴いてみたが,なんとも不思議な感じ。音としてはMEIKOよりも合成っぽい成分が減って人間らしくなったと思うのだが,歌い回しというか表現は当然機械的。そこがなんとも不自然。男の声としてはやや高くて済んだ声なので,陽水を模したロボットでも置いておけばそれっぽく聞こえるかもしれない。
まぁどちらも昔の「ロボット・ボイス」と比べれば明らかに人間的なので,ソングライターにとっては歌う手間が省ける便利なツールとして役立つかもしれない。
![]() | Vocaloid Meiko Windows (2006/04/07) .. この商品の詳細を見る |
『未来志向』のラストナンバー『時は止まらない』は当初はエンディングがあっさりし過ぎていた感があったので,アルバムは終わってもまだ道が続いている感じを出すべくアレンジし直した。でもまだあれでも完全に納得はできていない。満足度で言えば『新時代へ』とは対照的である。また直したくなるかもしれない。本当に時は止まっていない。むしろ1つ前の『夢はるか』の方がよっぽど最終章にふさわしい荘厳な終わり方だったが,この曲でアルバムが終わると本当に物語が幕を閉じてしまいそうな気がするので曲順は入れ替えなかった。そんな未来への扉を開けた状態でアルバムは完成した。
思えばYMOに夢中だった四半世紀前にはもっと機械的で合成音に満ちた未来を想像した。実際にそんな楽曲もたくさん生まれてきた。でも古典的な楽器の1つであるピアノは今でも最前線で新しい音楽を生んでいるように,古くからある楽器や機材や作曲手法からも新しい世界を描くことはいくらでもできる。だからテーマにこだわらずに心に浮かんだ未来をそのまま音という形にした,そんなアルバムに仕上がったと思う。具体的にこの音色が新しいとかこのアレンジが斬新だということではなくても,間違いなく過去には無かった曲たちなのだから。
こうして力強く未来を志向したアルバムも,ひとたび完成してしまえばもう過去の作品である。もちろんさらに先への継続性を持たせていたし,聴けばそれを感じることもできるのだが,すぐ次作に取り掛かる余力はしばらく無かった。『新時代へ』ほど自分自身に勇気を与えてくれる作品はなかなか描ける予感がしなかった。でも全曲新作でまとめたアルバムができたことで確かに未来へ一歩踏み出したという達成感があった。過去をむきになって否定しようとは思わなくなった。思い出は思い出として大切にし,過去から学べる事は学び,それから新たな未来を見据えたいと感じていた。
その後,旧友と久しぶりのコラボレーションの機会もあり,より柔軟に音楽に接する楽しさも思い出し,また新たな道を探す旅が始まろうとしていた。
思えばYMOに夢中だった四半世紀前にはもっと機械的で合成音に満ちた未来を想像した。実際にそんな楽曲もたくさん生まれてきた。でも古典的な楽器の1つであるピアノは今でも最前線で新しい音楽を生んでいるように,古くからある楽器や機材や作曲手法からも新しい世界を描くことはいくらでもできる。だからテーマにこだわらずに心に浮かんだ未来をそのまま音という形にした,そんなアルバムに仕上がったと思う。具体的にこの音色が新しいとかこのアレンジが斬新だということではなくても,間違いなく過去には無かった曲たちなのだから。
こうして力強く未来を志向したアルバムも,ひとたび完成してしまえばもう過去の作品である。もちろんさらに先への継続性を持たせていたし,聴けばそれを感じることもできるのだが,すぐ次作に取り掛かる余力はしばらく無かった。『新時代へ』ほど自分自身に勇気を与えてくれる作品はなかなか描ける予感がしなかった。でも全曲新作でまとめたアルバムができたことで確かに未来へ一歩踏み出したという達成感があった。過去をむきになって否定しようとは思わなくなった。思い出は思い出として大切にし,過去から学べる事は学び,それから新たな未来を見据えたいと感じていた。
その後,旧友と久しぶりのコラボレーションの機会もあり,より柔軟に音楽に接する楽しさも思い出し,また新たな道を探す旅が始まろうとしていた。
![]() | USBミキシングスタジオ MW10C (2007/06/25) ヤマハ この商品の詳細を見る |
音楽で綴る人生記もようやく2003年まで到達。随分と昔話(笑)から始めたが,現在まであと少し。ではWeb版アルバム『未来志向』の物語を1曲目『新時代へ』からスタート。
このアルバム,特にこの曲では言葉では表現できない,音でしか表現できない「こんなものを創りたかった」というメロディーを,音色を,ハーモニーを,リズムを,構成を,そしてそこに漂う雰囲気を,心に相談しながら積み上げて練り上げていった。そして出来上がってからも何度も聴き入った。自分の作品にこんなに惚れることは稀である。
そういえば曲を創る目的の1つに「それを聴くため」ということがある。「最近いい歌(曲)がなくて…」と嘆く者には「だったらそんな歌を自作しなよ」と言いたくなることがあるが,実際にはそう簡単には実行できるわけではない。でも『新時代へ』はそれを叶えてくれる出来だった。「こんな曲を聴きたかった」という作品を自力で手に入れられればそんな嬉しいことはない。新時代への出発点が築かれて前へ向かって歩き始めた。
ところでアルバムというのは必ずしも曲順通りに制作したり録音するものではない。過去のテープ版アルバム2作もそうだったし,プロのアルバムでも多くの場合そうだろう。でもこのアルバムは特別だった。
まず間違いなくアルバムの1曲目な作品である『新時代へ』ができた。そしてそれを聴く。曲が終わった次に何が聞こえてくるかを聴く。これを繰り返しながら1曲目の後のその時はまだ空白な時間に聞こえてくる2曲目を探した。そうして聞こえてきた2曲目のイントロを実在化させる。こうして音となったそのイントロを聴き,今度はそれに続くテーマを耳で探す。こんな“探索”を続けながら2曲目『底流』ができた。
それは無から有を作るのではなく,そこに存在している形の無いものを見つけて描くような感じだった。仏像を彫る彫刻家は木や石の中に始めから存在している仏様を掘り出す気持ちだと聞いたことがある。キーボードに向かって曲を聴きながら1曲目が終われば2曲目を探し,2曲目が終われば3曲目をさがす。手で弾いたその音やハーモニーやリズムが,空白の中に感じられたものと一致することもあれば違うこともある。そうして求めるものが手に入るまで弾くことを繰り返してアルバムを膨らましていった。こうやって創っていったので,必然的に書き上げた順がそのまま曲順になる。ゆえにすべての曲の起点となった『新時代へ』は一層重要な曲だったことになる。これがあったからこそ後に続く8曲が生まれたのである。
もちろん,こんな音色やこんなリズムを使ってみたいという漠然とした構想はあったが,それらも登場を待っていたという感じだった。そんな適材適所に役者が落ち着き,一曲ごとに個性的な顔を持ち,そして各曲にふさわしいタイトルが与えられて,アルバムとしての物語を成していった。
このアルバム,特にこの曲では言葉では表現できない,音でしか表現できない「こんなものを創りたかった」というメロディーを,音色を,ハーモニーを,リズムを,構成を,そしてそこに漂う雰囲気を,心に相談しながら積み上げて練り上げていった。そして出来上がってからも何度も聴き入った。自分の作品にこんなに惚れることは稀である。
そういえば曲を創る目的の1つに「それを聴くため」ということがある。「最近いい歌(曲)がなくて…」と嘆く者には「だったらそんな歌を自作しなよ」と言いたくなることがあるが,実際にはそう簡単には実行できるわけではない。でも『新時代へ』はそれを叶えてくれる出来だった。「こんな曲を聴きたかった」という作品を自力で手に入れられればそんな嬉しいことはない。新時代への出発点が築かれて前へ向かって歩き始めた。
ところでアルバムというのは必ずしも曲順通りに制作したり録音するものではない。過去のテープ版アルバム2作もそうだったし,プロのアルバムでも多くの場合そうだろう。でもこのアルバムは特別だった。
まず間違いなくアルバムの1曲目な作品である『新時代へ』ができた。そしてそれを聴く。曲が終わった次に何が聞こえてくるかを聴く。これを繰り返しながら1曲目の後のその時はまだ空白な時間に聞こえてくる2曲目を探した。そうして聞こえてきた2曲目のイントロを実在化させる。こうして音となったそのイントロを聴き,今度はそれに続くテーマを耳で探す。こんな“探索”を続けながら2曲目『底流』ができた。
それは無から有を作るのではなく,そこに存在している形の無いものを見つけて描くような感じだった。仏像を彫る彫刻家は木や石の中に始めから存在している仏様を掘り出す気持ちだと聞いたことがある。キーボードに向かって曲を聴きながら1曲目が終われば2曲目を探し,2曲目が終われば3曲目をさがす。手で弾いたその音やハーモニーやリズムが,空白の中に感じられたものと一致することもあれば違うこともある。そうして求めるものが手に入るまで弾くことを繰り返してアルバムを膨らましていった。こうやって創っていったので,必然的に書き上げた順がそのまま曲順になる。ゆえにすべての曲の起点となった『新時代へ』は一層重要な曲だったことになる。これがあったからこそ後に続く8曲が生まれたのである。
もちろん,こんな音色やこんなリズムを使ってみたいという漠然とした構想はあったが,それらも登場を待っていたという感じだった。そんな適材適所に役者が落ち着き,一曲ごとに個性的な顔を持ち,そして各曲にふさわしいタイトルが与えられて,アルバムとしての物語を成していった。
![]() | EDIROL 24bit96kHz USB Audio Capture UA-25EX (2008/07/18) 不明 商品詳細を見る |
今でも帰省すると昔の雑誌が残っていたりする。当時興味を持って読んでいた記事も懐かしいし,一方で当時は目に留まっていなかった広告も気になったりしてくる。そしてもしそんな機材を当時手に入れていたらどんな音楽を創っていたのだろうか,と思いをめぐらすこともある。
それでも過去は過去でしかない。何を想像しようとも歩んできた自分の人生は1つしか存在しない。あの頃の作品を今の機材で演奏や録音ができればもっと素晴らしくなるのにと思っても,過去にそれを実現させるのは不可能だし,今それを実現させても過去の焼き直しに過ぎない。
『Two Centuries』でやったようないわばセルフカバーは容易に完成度の高い作品集を作れてそれなりに楽しいのではあるが,それでは道を前へ進んだことにはならない。まぁあの作品集は,学生時代に“アルバム”が未完だったから“今世紀”に自分なりの到達点を踏むためにあのように完成させたが,もう次はそういう目標は存在しない。過去の2つのテープ版アルバムは両方とも新作とセルフカバーの混成だったが,ブランクを経た今,未来を向いてこそ価値がある。新しい自分と新しい機材がここにあるのだから,次作はすべて新曲で固めようと思った。
そんな未来を志向する理由は発表ページにも書いた通りだ。批判めいた文章になっているが,スタンダードやカバーの専門家がいてもそれは別に構わない。それが彼ら自身の道でありそれを究めればまた美しい芸術性を感じられるといういもの。でもずっとオリジナルを発表し続けてチャートの上位を走ってきた者たちまでもが,急に相次いでカバーに走り出したのが気になっていた。TV番組等の志向についてもあのような印象を持っていた。それでいいのか。今過去を振り返っていい時代だったと感じるように,将来に今を振り返ってやはりいいと感じられる時代にしたかった。
またこの新しいものを創ろうという呼びかけは自分自身に対してムチ打つものでもあった。こんなちっぽけな自分の作品で社会をどうこうできるものではないだろうけど,まず自分自身を未来へ向けたかった。そしてアルバムの1曲目『新時代へ』の制作に取り掛かった。
我が作品集もこれで制作
それでも過去は過去でしかない。何を想像しようとも歩んできた自分の人生は1つしか存在しない。あの頃の作品を今の機材で演奏や録音ができればもっと素晴らしくなるのにと思っても,過去にそれを実現させるのは不可能だし,今それを実現させても過去の焼き直しに過ぎない。
『Two Centuries』でやったようないわばセルフカバーは容易に完成度の高い作品集を作れてそれなりに楽しいのではあるが,それでは道を前へ進んだことにはならない。まぁあの作品集は,学生時代に“アルバム”が未完だったから“今世紀”に自分なりの到達点を踏むためにあのように完成させたが,もう次はそういう目標は存在しない。過去の2つのテープ版アルバムは両方とも新作とセルフカバーの混成だったが,ブランクを経た今,未来を向いてこそ価値がある。新しい自分と新しい機材がここにあるのだから,次作はすべて新曲で固めようと思った。
そんな未来を志向する理由は発表ページにも書いた通りだ。批判めいた文章になっているが,スタンダードやカバーの専門家がいてもそれは別に構わない。それが彼ら自身の道でありそれを究めればまた美しい芸術性を感じられるといういもの。でもずっとオリジナルを発表し続けてチャートの上位を走ってきた者たちまでもが,急に相次いでカバーに走り出したのが気になっていた。TV番組等の志向についてもあのような印象を持っていた。それでいいのか。今過去を振り返っていい時代だったと感じるように,将来に今を振り返ってやはりいいと感じられる時代にしたかった。
またこの新しいものを創ろうという呼びかけは自分自身に対してムチ打つものでもあった。こんなちっぽけな自分の作品で社会をどうこうできるものではないだろうけど,まず自分自身を未来へ向けたかった。そしてアルバムの1曲目『新時代へ』の制作に取り掛かった。
我が作品集もこれで制作
| YAMAHA ミュージックシーケンスソフトウェアSOL2 [MA-162W] Windows (2003/06/28) ヤマハ この商品の詳細を見る |
学生時代の友人と目指した共同アルバムも,作品づくりは進んでいたのにアルバムとして完成の日を迎えることは無かった。もう遠い過去となっていたが,思い出を作りそびれた無念さがあった。あの頃にカセットMTRで製作途中だったテープはラックに収められてこれからも眠ったままだろうが,暫定的にミックスダウンまでいった曲はその後も聴いていたし,未完の曲も楽譜はある。新しい装備の実力を見極める格好の素材ともいえたこれらの作品をまとめてみることにした。
当時を思い出しながらまずオケをアレンジしながら入力した。そしてヴォーカル用のメロディーも入れておける。これは後でミュートすればいいのだから。この辺がトラック数が少ないMTRとは大違いである。こうして未完の作品集を世紀を隔ててやむなく(笑)ソロとして完成させたアルバムとなった。機材が進化して音色も音質も格段に向上した。歌の技術がそれについていけてないが。
WEB版アルバム『Two Centuries』
1:風のかなたに 2:一輪咲く花のように 3:愛のShooting Star
4:City Night Dreamers 5:君がいる場所(You and Me)
6:From the Terminal 7:Bay City Oasis 8:悪いライオン
9:Tarjeta Amarilla 10:この雨が上がれば 11:My Own Mind
学生時代に歌入れもしていたのは2,3,11,(インストとして1も録音済み),詩も曲もできていたのが4と6,これらが“前世紀”の作品だ。5と7は曲のみできていた。これらを聴くと,こんなアルバムを作りたかったんだよなぁ,と感慨ひとしおである。当時よりカラオケは美しくなり歌は醜くなったが。
もちろん21世紀となった今(つまり2002年当時)アルバムを発表するからには,過去の焼き直しだけで満足はできない。ここへ至った物語がもちろんある。それが8〜10曲目である。
歌詞は日本語にこだわった。別に英語が悪いわけではないが,日本語の環境で育ってきた自分に英単語や英語表現に込められている真実を理解できるはずはないのだから。日本語で表現できる内容をわざわざ外国語に訳して意味がずれてしまったら何にもならない。片仮名言葉も最小限にとどめ,自分の思いを正確に表現しようと考えた。形の無い物を敢えて形にするのが詩であるような気がした。
この3曲,スタイルは違えど自分の不安や迷いを吹っ切ろうとする気持ちが込められている。過去に固執もせず否定もせずに明日へ向かって歩くための道標だったと思う。
ただいかんせん歌が貧弱だ。音程もタイミングもふらふらである。表現力が云々できる以前の水準でつまずいている。しっかりしたヴォーカリストが歌ってくれればどんな作品に仕上がるのか夢を描いたりしたが,とりあえず作品展示場としてはこれで完成にした。
当時を思い出しながらまずオケをアレンジしながら入力した。そしてヴォーカル用のメロディーも入れておける。これは後でミュートすればいいのだから。この辺がトラック数が少ないMTRとは大違いである。こうして未完の作品集を世紀を隔ててやむなく(笑)ソロとして完成させたアルバムとなった。機材が進化して音色も音質も格段に向上した。歌の技術がそれについていけてないが。
WEB版アルバム『Two Centuries』
1:風のかなたに 2:一輪咲く花のように 3:愛のShooting Star
4:City Night Dreamers 5:君がいる場所(You and Me)
6:From the Terminal 7:Bay City Oasis 8:悪いライオン
9:Tarjeta Amarilla 10:この雨が上がれば 11:My Own Mind
学生時代に歌入れもしていたのは2,3,11,(インストとして1も録音済み),詩も曲もできていたのが4と6,これらが“前世紀”の作品だ。5と7は曲のみできていた。これらを聴くと,こんなアルバムを作りたかったんだよなぁ,と感慨ひとしおである。当時よりカラオケは美しくなり歌は醜くなったが。
もちろん21世紀となった今(つまり2002年当時)アルバムを発表するからには,過去の焼き直しだけで満足はできない。ここへ至った物語がもちろんある。それが8〜10曲目である。
歌詞は日本語にこだわった。別に英語が悪いわけではないが,日本語の環境で育ってきた自分に英単語や英語表現に込められている真実を理解できるはずはないのだから。日本語で表現できる内容をわざわざ外国語に訳して意味がずれてしまったら何にもならない。片仮名言葉も最小限にとどめ,自分の思いを正確に表現しようと考えた。形の無い物を敢えて形にするのが詩であるような気がした。
この3曲,スタイルは違えど自分の不安や迷いを吹っ切ろうとする気持ちが込められている。過去に固執もせず否定もせずに明日へ向かって歩くための道標だったと思う。
ただいかんせん歌が貧弱だ。音程もタイミングもふらふらである。表現力が云々できる以前の水準でつまずいている。しっかりしたヴォーカリストが歌ってくれればどんな作品に仕上がるのか夢を描いたりしたが,とりあえず作品展示場としてはこれで完成にした。
![]() | ヤマハ ミキシングコンソール MG10/2C () 不明 商品詳細を見る |
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