Captain Teaの音街道日記
懐かしい思い出や最近の出来事から未来の夢まで聴きたい音楽とともに綴ります
進化していたDTM
 10年ひと昔と言うが,パソコンほどではないにしても楽器やレコーダーの変遷は著しい。シンセは高音質なサンプリング波形をデジタルにエディットできる機種ばかりになり,録音はカセットテープからハードディスクそしてパソコンへと進化した。メーカーの個性が乏しくなった気がするが,安価で簡単に高品質な楽曲作りが出来る時代だ。CD-Rも普及した。体裁としては本物と遜色ない“アルバム”が自作できる。機材による優位性の差が減ったから,余計に創作力が問われる時代でもある。
 S30に付属のMIDIシーケンスソフトであるXG-Worksの機能限定版に手応えを感じたので,さっそくXG-Worksを製品版にアップグレードして既存の曲などで入力や再生を試した。パソコンの画面で楽譜を自在に編集でき,それをすぐ高音質のシンセが演奏して答えてくれる。鳥肌が立つ思いだ。10年前でもパソコンによるMIDIファイルの作成や再生は可能だったが,音源も演奏能力もちっぽけな割りに高価であるか,およそ手の届かないプロ仕様であるかのどちらかだった。雑誌を見て空想の中だけで動いていたシステムがさらに進化して手元にある。
 さらに今はオーディオもパソコンで操れるのだが,オーディオデータの録音や編集はXG-Worksでもできなくはないものの,やはり専用のレコーダーソフトの必要性を感じた。そこでMIDIデータの編集は扱いやすくファイルサイズも小さいXG-Worksを引き続き使い,オーディオの録音と編集にはXG-Worksとの互換性を重視してYAMAHAのSOLにした。
 こうして曲作りから録音やミックスダウンまですべてパソコンで行えるようになった。音質も良かったが編集機能がありがたかった。狭いモノクロ画面のシーケンサーや,一度録音したらパンチインによる再録音でしか修正できなかったMTRとは大違いである。これが現在では当たり前のことなのであるが。それでもMTR時代のような手作り感が消えてはいないのが楽しい。“コンピューターによる**”という言葉を聞いて,すべてが自動化されているような先入観を持たれる時代では今はない。パソコンはありふれた道具の1つに過ぎず,人間味が香る作品も機械的な作品も生み出せる。

Cubase Studio 4Cubase Studio 4
(2006/12/18)
Array

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テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

S30が開く道
 人生の醍醐味をどこに見いだすか。仕事人間なら研究成果で世界に名を轟かしてみたいものだし,それが無くとも暖かい家庭を維持するためなら仕事にも精が出る。だがそんなどちらにもなりきれない中途半端な日々を歩んでいた。どれだけ体にムチ打てるのかも判りかねていた。無駄に休んでいてはもったいないが,動きすぎてパンクしたらその前に何かをしておけばと後悔する。
 ならばいっそのこと,その日の風まかせなさすらいの芸術家がいいと思った。孤独も行き倒れも粋な笑い話になるだろう。本当にやりたい事だけをやる人生に挑戦してみたくなった。そして退職する決意を固め,次の人生の準備に取り掛かった。ようやく音楽がそこにあった。
 そしてまず作曲したくなるような音をくれるシンセを探した。以前はCasioやRolandだったので今回はYAMAHAを中心に物色した。もうインターネットで各製品のデモソングが聞ける時代である。もちろん店頭でも触ってみた。そしてYAMAHAのS30にした。
 昔は高級なサンプラーでしか出せなかった本格的なピアノ系の音や,DX7が得意とする切れ味の鋭い合成系音色など,10年前なら涙が出そうな夢のような音色が揃ったシンセが,もう手ごろな価格になり大きさも手ごろで操作性も良さそうだった。パソコンともシリアルケーブル一本で直結でき,MIDIファイルの再生も入力もできる。それが当たり前の時代になっていた。隔世の感だ。ブランクは長かったと思った。これで心ゆくまで楽しめる,そんな手応えだった。

シンセサイザー MM6 シンセサイザー MM6
(2007/01/25)
ヤマハ

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創作の休眠期から活動再開へ
 ではまた回顧録の続きを。創作の空白期に入ったその後から。
 新たな職場が内定した神戸で,赴任前に震災に見舞われた。最初の仕事が職場の後片付けと再立ち上げになり,それから引き続き真剣勝負で必死に闘っていた。しかし数年経って病気をし,入院もした。振り返ってみれば研究職に就いて趣味を遠ざけていたこの間,実際に全く仕事のことだけを考えていた。神戸に来てからは仕事以外の会話もほとんどする機会が無くなっていた。それではいけないと思った。職場と違う自分を見つけたかった。そこでインターネットを始めてホームページを開いた。仕事をしている自分とは別の自分を育てるために。当初のコンテンツは近所のスナップ写真などで芸術性は無かった。それでも新たな自分の発信基地にしたかった。少しずつではあるが。
 ただ病気とつきあいながらの仕事を続けていたので,まだ音楽に本気では取り組む余裕は無かった。それでもパソコンショップへ行けば,音楽関係のハードやソフトが気になるようになっていた。
 またこうも考えた。自分がしてきた研究が誰かに感謝されたという話は聞かない。そもそも世に発表される研究成果の大半はそんなものであり,もちろんそれらの膨大な積み重ねが実益を生み社会貢献にもつながるのだが,そこへの道のりが見えない個々の成果が自分の能力を最大限に発揮した結果なのかどうか疑問を感じた。このような研究を続けるよりも,音楽を創って聴かせたり,絵を描いたり写真を撮って見せたりする方が,よっぽど人に喜んでもらえるのではないかと思い始めた。
 そんな折に横浜にいた頃の旧友が結婚するという連絡があり披露宴へも誘われた。そして体調のこともあるので病身に代わって作品を参加させることにした。
 こうして実に久しぶりの作曲となった。『西風に乗せて』。西国から東国へ友情を乗せて運ぼうというテーマである。(MIDI曲集に掲載中) パソコンのソフトウェア音源(RolandのVSCシリーズ)で演奏してヘッドホン端子からMDに録音するというお粗末な手法であったが,作品としてはそれなりに聴かせられるものに仕上がった。
 これ以後パソコン用のMIDIやオーディオのインターフェイスやシーケンスソフトについても興味がわいて色々と調べるきっかけにもなった。素直に音楽を楽しむ,あの頃は当たり前だった気持ちを思い出した。

Score Grapher Standard Version 5Score Grapher Standard Version 5
(2002/04/12)
Windows

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初CDはウェザー・リポートの「ヘビー・ウェザー」
 「我がCDライブラリ」なんてカテゴリを作っておきながら,まだ一件も書いていなかったのでそろそろ開始ということで。
 私が初めて買ったCD,それがWether Reportの「Heavy Weather」だったと記憶している。CDプレイヤーを初めて手に入れた時に是非聴きたいと目をつけていた作品。名曲「Birdland」を含むというのもあるし,グループにももちろん興味があった。
 録音は1976年なのでアナログの時代。Wether Reportはいろんな意味での対立と調和が楽しみなのだが,ここでも電子楽器とアコースティック,スタジオ的な綿密さとライブ的な勢い,ヨーロッパ対アメリカにさらに南米やアフリカのエッセンスの絡み合い,そんな様々なぶつかり合いが成す美しい響きの織り合わせに満ちている。
 さらっと聴いて楽しく,じっくり聴いて味わい深い,そんな各曲や各メンバーの個性が豊かで面白いアルバムだ。
 ところで初CDということで付け加えると,LPと比べた第一印象は確かにスクラッチノイズが無いくらいの事しか自信を持って言えなかったが,いざCDを聴き慣れてからLPを聴くと音の鮮やかさや切れ味が足りなかったのかなど感じるようにはなっていた。CDの品質は斬新な物というのではなく本来の音の姿という事なのかもしれない。そして何より20年も経過した今も変わらぬ音を聴けるのがCDの最大のありがたさであろう。

ヘヴィー・ウェザーヘヴィー・ウェザー
(1999/07/01)
ウェザー・リポート

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テーマ:おすすめの一枚 - ジャンル:音楽

フルオーケストラをソフトウェアにすると…
 “回顧録”が続いているのでここらで最近目にとまった話題を。
 EastWest/Quantum Leap SYMPHONIC ORCHESTRA Platinum Editionとまぁ何やら仰々しい名前の製品だが,その名にたがわぬ大物で。
 要するにフルオーケストラのすべての楽器を入念にサンプリングした高品位ソフトウェア音源とでもいったところなのだが,4つのVolumeから成り締めて23万円ほどで,インストールにはHDが68GB以上必要と,そのスケールの大きさも見事。さらに「PRO XP版」と名付けられた追加分もあり,これを含めると併せて140GB必要ときたもんだ!  しかもマニュアルPDFを見てみると,4台程度のマシンに分けてインストールして,なんて説明まで登場して,いやはやオーケストラはバーチャルで操るのも大変なものだとため息。
 さすがに下位バージョンも用意されていて,「Gold Edition」ではパソコンは1台でOKでHDは15GB以上,「SILVER Edition」ではノートパソコンでもという設定。まぁいずれにせよ,これだけの満載なスペックを活かすには,作品のアレンジは一大作業となりそうだ。
 そうかと思えばドラムだけで48GBなんてソフト音源(SCARBEE Imperial Drums XL)もあるし,専門を究めると凄い事になるもんだ。はぁ。。。

新装版イチからはじめるCubase SE3 新装版イチからはじめるCubase SE3
目黒 真二 (2007/08/10)
スタイルノート

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テーマ:DTM関連 - ジャンル:音楽

未完の未来を夢見つつも
 長かった学生生活も終えようとする頃,友人たちとの「共同アルバム」制作は完成に至らなかったが,既に録音を終えた作品や,曲や詩だけはできている作品たちがそこに残っていた。大人数でのセッションが無理ならせめて2人程度の「ユニット」作品だけでも完成させたいと考え,盆暮れなどの休日に互いの“自宅スタジオ”(自室にMTRやシンセが置いてあるだけだがそう呼んでいた)へ行って懐かしい音楽談義に花を咲かせたりもした。しかしそれぞれ別の場所で別の道を歩んでいた当時,結局構想を練るだけで具体的な進展は無かった。MTRなどを活用した音楽制作は学生時代に多くの時間を費やした生きがいでもあったので集大成は欲しかったのだが…。
 そう,将来の夢は?といえば何か特定の事をするというより“何も捨てないこと”であった。専門分野の研究もしながら音楽も,絵画も,写真も,文章書きも,何でもする。芸術から科学技術まで幅広く融合させた空間を作りたかった。博覧会のようなものになるかもしれないが,そんなに広くなくてもいいから恒常的な施設でいろんな趣味や専攻を持った人達が集まって,ただ見たり聞いたりするだけでなく参加して互いの分野を知り交流を深める,そんな場の中心人物になりたいと考えたこともあった。講演もして演奏もしてデザインもして開発もして,自分がそして皆がいろんな生きがいを味わえる空間を作りたっかた。
 それでも社会人として生活するにあたりどれかを選ばなければならなかった。科学技術の研究は一度現場を離れるともう戻れない。芸術なら一度離れても再度挑戦することは可能なはずだ。すべてができるままでいるにはまず専門の研究を磨くという結論に達した。すなわち“音楽家”はしばらく休眠して“研究者”となる道を選んだ。
 そして学位取得後,とある雪国での研究員生活となった。もう学生ではない。プロなのだから真剣勝負である。任期も限られているのですぐ成果を上げそれを引っさげて次の職も探さねばならない。赴任地へ楽器は持っていかなかったし,絵を描く道具も一眼レフカメラも持っていかず,まずその地で2年間仕事に没頭した。
 ちなみにこの頃のキーボードマガジンを見ると,個人向けデジタルレコーダー登場の時期であった。パソコンソフトも既に普及しつつあったMIDIシーケンサーに加えてオーディオ編集ソフトもちらほら目に付くようになっていた。アナログのテープからデジタルへの大変革期である。しかし当時の私はそれに気付かず,いや気付いてはいたかもしれないが心動かされることはなく旅立っていた。

KORG デジタル・レコーディング・スタジオ D1200mkII D-1200MK2 KORG デジタル・レコーディング・スタジオ D1200mkII D-1200MK2
(2004/02/28)
KORG

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シーケンサーで『HAMA OASIS』
 大学院の修士課程も終えてアルバム仲間バンド仲間もそれぞれの道へ進んでいった。楽しいながらも時として煩わしさもあり,また時として大発見もあったそんな共同作業も過去の話。この辺で本格的な“ソロアルバム”を創りたいと思った。
 『Crystal Dream』の時は手弾きで多重録音していたので,ひとたびミックスダウンしてから「ここはもう一つだなぁ」と思ってももう遅い。そこで自分で描いた曲を正確に再現する弾き手としてシーケンサーを使うことにした。KAWAIのQ-80である。今のパソコン環境を思えばよくあんな狭い液晶画面でエディットできたものだという感じだが,当時としては操作性抜群でFDにデータ保存もできるとあって人気機種だった。
 そして念願のピアノ音色もついに“使える音”を手に入れた。Rolandの U-20 というキーボードである。プレイバックサンプラーとも呼ばれる種類で,HT-700とは逆に音色エディットの余地は少ないが(EGでアタックなどをいじれる程度),ピアノ系以外も音質はどれも素晴らしかった。おかげで複数の音色を重ねて無理やり分厚くする必要も無くなった。ジャズ・クインテットのようなシンプルな構成でも曲らしい姿になる。シーケンサーならU-20とMT-32という2つのマルチ音源を同時に鳴らせるのでダビング回数も減らせる。
 こうしてテープ版アルバム『HAMA OASIS』ができた。
A面:こもれび,5:30 〜URBAN TWILIGHT〜,午後のTerrace,VICTORY II,遥かいにしえ
B面:Visualization '92,なつかしの春,DANCE from Northeast,Bay City Oasis
 こうして見ると過去を少し引きずっている。『VICTORY II』はLP『TEA BREAK』から,『Visualization '92』は先のテープ版アルバムからの焼き直しだ。完成度を高めたかった。『DANCE from Northeast』はエレクトーン時代の作品をアレンジしたもの。『Bay City Oasis』は共同アルバム向けのヴォーカルナンバーを想定してた曲。新作も『遥かいにしえ』や『なつかしの春』といった後ろ向きなテーマが目につく。
 この中から2曲を紹介しよう。(VICTORY II は曲の一部)ちなみにシーケンサーに残っていたデータを活用してMIDI曲集にも3曲収めてある。
こもれび(MP3, 1.6MB)
VICTORY II(MP3, 1.6MB)
 いずれ“HAMA”から旅立つことになる自分の音楽生活の思い出をまとめた,まさに“アルバム”といえる作品でもあった。

YAMAHA ミュージックシーケンサー [QY700]YAMAHA ミュージックシーケンサー [QY700]
(2005/09/16)
不明

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テーマ:DTM関連 - ジャンル:音楽

バンドを組んでスタジオ通い
 さてこの当時,学生といっても大学院生になると責任もだんだん重くなる。研究成果であったり後輩の指導や安全管理などで,中間管理職っぽいストレスも増してくる。そんな時こそ音楽だ。マルチトラックでこつこつと仕上げる作品づくりもいいが,ド派手な演奏で発散もしたかった。ライブハウスへ聴きに行って叫んで踊ってでもいいのだが,それでは受動的だ。やはり自分たちで演奏しなければ,ということでバンドを組んだ。ギターなどを持ち込んでスタジオへ行った。曲はハードロックである! オリジナルもやればポピュラーもやった。
 始めは大騒ぎすることで満足していた。汗をかき声をからして耳鳴りもして,それが爽快だった。だが回を重ねる毎に音楽性を追求したくなってきた。そこでもっと上達しようとすると,もはやストレス発散ではなくなる。それに各人が聴いてきた音楽も異なるので目指す方向にも違いが表れる。そして結局,元々安っぽい動機で始めたバンドなのだからそろそろ散り際だろう,ということで意見が一致した。でもせっかくだから何か足跡を残したい。だからといってライブをやって人に聴かせるほどの腕はない。とりあえず演奏のビデオを撮って幕とした。
 いくつかのスタジオへ通って雰囲気を知ることができた。セッションも楽しかった。でもチームワークというのは難しい。先の共同アルバムの時と同じような壁を感じた。

BOSS GT-10 マルチエフェクターBOSS GT-10 マルチエフェクター
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不明

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テーマ:バンド - ジャンル:音楽

テープ版ソロアルバム『Crystal Dream』
 大学の仲間との共同アルバムは完成させられずにいたが,MTRは私の制作意欲を増進していた。まず自作のインストゥルメンタル・ナンバーでアルバムをまとめようと思った。さすがにミニシンセ(HT-700)1台だけでは物足りなくなってきた。そこで手に入れたのがRolandの MT-32 だ。その後のDTMブームの先駆けとなったMIDI音源である。ストリングスやブラスの系統がいい感じだった。一種類だがオーケストラヒットもあった。
 ミキシングには試行錯誤しながら曲作りと録音を続け,そして『Crystal Dream』というタイトルで完成させた。たかがカセットテープではあるが,LPの時と違って自分の手作りという実感があった。
A面:Big Title,クリスタルアイ,GEMBY,風のかなたに,郷愁
B面:City Night Dreamers,Visualization,You & Me,銀世界,Epilogue (Crystal Dream)
 見ての通りLP『TEA BREAK』に含まれている曲もある。あのLPは1台のエレクトーンで弾いた“一発録り”でしかも時間の制約もあって音色等に配慮する余裕も無かった。そのため当初思っていたイメージとは違う出来で不満な作品も多かった。そんな「原曲のイメージはこれだ」というものを再現したかった。
 また新曲のうち『郷愁』はエレクトーン時代にある程度形作られていた曲。『Big Title』,『Visualization』はシンセの音色がイメージを与えてくれてできた曲ともいえる。
 そして Art Prism のヴォーカル曲集『Two Centuries』に収めている『City Night Dreamers』,『You & Me』もある。先の共同アルバムの一環というか延長の歌物として書いていた曲である。『City Night Dreamers』には当時既に詩もつけていたが,とりあえずインストとしてこの2曲も加えることにした。『風のかなたに』もインストナンバーであるが元は共同アルバム用であった。
 というわけでコンセプトの点ではちょっと寄せ集め的な所もあるが,当時の自分が何をしようとしていたかはよくわかるアルバムといえる。そんな中から2曲(それぞれ曲の一部)を紹介しよう。
Big Title (MP3, 0.9MB)
郷愁 (MP3, 1.4MB)
 さすがにテープでピンポン録音をし,つまりダビングを繰り返すとノイズがひどくなる。でもこれが当時の精一杯だったし,これでも充分素晴らしいと満足できる,そんな魔法のように多重録音を感じていた。シンセの音色もHT-700のピアノ,といっても今聴いてもピアノ音色などどこにも聞こえないが(笑),そのエレピもどきな音にあの時は喜んでいた。そんな環境で音楽制作にいそしんでいた時代である。

BOSS DR-880BOSS DR-880
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テーマ:DTM関連 - ジャンル:音楽

コラボレーションは楽しくも難しく
 学生時代に音楽を語り合う仲間も増え機材も増え,何か共同制作をしようという話が盛り上がり4人が集まって“共同アルバム”を作ることにした。ミュージシャンとしての経験の無い者もいたが,人数が増えれば楽しさも倍増というわけで。我が家でエレクトーンを囲んで大騒ぎしたこともあった。
 そしてまず共同の作品づくりから始まった。私が曲を書き,それに他のメンバーが詩を書いて,という形で,Art Prism のヴォーカル曲集『Two Centuries』に収めている『一輪咲く花のように』や『愛のShooting Star』が生まれた。また同曲集にある『風のかなたに』はアルバムの一曲目に入れるインストゥルメンタルナンバーとして,同じく『My Own Mind』はアルバム全体のテーマソングとしてラストを飾るべく書き上げられた。この他にもいくつかの作詞&作曲の組み合わせて曲が増えていった。
 そうして少しずつ録音も進み,その都度作品の仕上がりにも感動し,旅に出てジャケット写真やプロモーションビデオを想定した撮影などもした。しかし,,,歌入れを予定していた日にメンバーの一人が急に来れなくなったりなど,些細な事ばかりなのだが色々続いて一向にアルバムは完成しなかった。時間だけが経過し卒業も近づき,共同アルバムへの熱も徐々に冷めていった。チームでの作業というのは難しい。

TDK オーディオカセットテープ AE 90分11巻パック [AE-90X11G]TDK オーディオカセットテープ AE 90分11巻パック [AE-90X11G]
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MTRの次はミニシンセ
 音楽仲間が増えた学生時代,MTRの有能ぶりや制作の楽しさ触れ,私も手に入れることになった。TASCAMの PORTA ONE である。
 さっそく色々録音してみた。重ねられるのは楽しい。試しに一人アカペラをやってみた,が,しかし全くハーモニーになっていない。ノイズにしか聞こえない。ソロでもまともに歌えないヤツがコーラスもできるわけないのだ。やはり歌は難しい。でもいろんな可能性が感じられてわくわくしていた。
 だがせっかくの多重録音も,エレクトーンの似たような音色どうしを重ねても面白くはないし,かえって聴きづらくなったりする。しかもリズムの種類が乏しい。やはりバンドやオーケストラっぽい雰囲気にしてこそ多重の効果があるというもので,シンセサイザーが欲しくなった。そして最初に手に入れたのがCasioの HT-700 である。
 ミニ鍵盤のいわゆるポータブルキーボード型なのだが,音のエディットができる,つまりシンセサイザーなのである。フィルターやエンベロープをいじったりコーラスをかけることができた。音色も結構使えるのが揃っていて,「ミニ“Poly800”」のような言われ方もされてたらしい。ピアノ系の音も良かった。といってもあくまで当時このクラスのキーボードとしては,である。現在の本物のような音が簡単に出せるシンセとか比較の対象ですらないが,まぁピアノの音を出そうとしている意図くらいは読める音であった。ストリングスやオルガンやビブラフォンといったシンセで比較的出しやすいとされる音色も,いかにも定番という感じの音がそれなりに出せていた。特筆すべきはリズムもプログラマブルだったことで,おかげでリズムマシンを別に買う必要が無かった,と断言できるほどでもないが(実際一年後くらいにはリズムマシンを買っていたが),多重録音入門編としてはありがたかった。
 こうして今まで触れる機会のなかった音色やリズムを得て,曲のイメージも新たに湧き始めた。

CASIO ミニ電子キーボード 49ミニ鍵タイプ MA-150CASIO ミニ電子キーボード 49ミニ鍵タイプ MA-150
(2002/06/30)
不明

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新しい音楽仲間に会って
 その頃大学にある友人がいた。バンドのサークルに入っているらしいことは知っていたが,あとは音楽よりも普段の講義の話とかたわいのないTVや芸能人の話をすることの方が多かった。そんなこの友に,先のLPを渡して聴かせてみた。まぁ一種の近況報告であり,音楽に関する自己紹介でもあった。そうしたら,今のようにCD−Rが簡単に焼ける時代ではないので,えらく感動してくれた。確かにLPというのは絵的には存在感があったかもしれない。
 その後「実は俺もこんなのを作っていて」とオリジナルの作品集が収められたテープを渡された。業界で言う“デモテープ”みたいな物であるが,我々アマチュアにとっては立派な“アルバム”だ。しかも彼はマルチプレイヤーである。メインはヴォーカルだが,ギター,ドラム,キーボード,そして作詞,作曲,編曲,レコーディング,と,何でもできてしまう。そしてとにかく歌が上手い。そんなこんなでさっそくお互いの機材を見せてくれみたいな話になり,コラボレーションもしようなんて事になり,音楽談義が尽きなかった。
 それまでのエレクトーンによる作曲では,右手でメロディー,左手でコード,左足でベース,そしてバリエーションに乏しいオートリズム,という決まりきった形にとらわれていたが,この機会のおかげで楽器や録音機材に関する興味や知識が広がった。特にMTRの便利さと可能性に期待を深めた。今でこそDTMと呼ばれるようにパソコンの画面を見ながら自在に録音や編集ができるようになったが,かつてはスタジオででっかいオープンリール式テープのデッキを使って行うものだった多重録音がカセットテープでできるのは画期的だった。ちょうどそんなコンパクトなレコーダーがTEACやFOSTEXから登場していた。
 さて今は“しがないサラリーマン”生活をしているらしいこの男。歌の表現力だけをとってみても眠らせておくのはもったいない限りである。よく“新たな才能の発掘”なんてうたい文句でオーディションが行われたりするが,本当の発掘の対象とは自ら名乗りを上げる者ではなく,掘らねば人目に触れないままで終わってしまう逸材のことではないのか。この宝をいかにしてその気にさせるか思い悩む今日この頃でもあった。

audio-technica マルチポータブルミキサー AT-PMX5Paudio-technica マルチポータブルミキサー AT-PMX5P
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LP『TEA BREAK』レコーディング
 そんな学生時代にオリジナル曲をLPとしてレコーディングした。LPといってもこれでインディーズでデビューしようとかいうのではない。それまでのエレクトーン人生の記念にまとめておこうという程度の企画であった。そして,そう,LPである。CDももう登場はしていたがまだ普及はしていない頃だ。
 使用したのはヤマハではなくハモンドだったはず。武田光司さんにドラムを演奏していただき,一日がかりで12曲を収録。出来上がったLPのタイトルは『TEA BREAK』。曲目は以下の通り。

A面:東京のテーマ,明るい庭,鳥と坂道,いつかどこかの雲の上,VICTORY,銀世界
B面:クリスタルアイ,北緯35°24' 東経132°41',GEMBY,あさかぜとかけっこ,城壁,思い出のパノラマ

 この中の数曲はMIDI曲集で取り上げているので,それ以外からもう一曲の一部をここで紹介しよう。
思い出のパノラマ (MP3, 1.3MB)

 しかしよく一日で12曲もやれたもんだと後から思えば驚異的。自分としてはA面とB面は逆の予定であったのだが,プロデューサーらの意見により逆転。今でも納得はしていないのだが。
 それにしてもなんとも聞き苦しいことか。幼少期の作品が稚拙な出来なのは仕方ないとしても,それ以上に演奏が未熟というか根本的に不正確。これではとても表現どころではない。今聞くと恥ずかしいばかりだが,それでもいい記念にはなった。初めて触る機種で事前のリハーサルも無しで一日でできる精一杯のことはしたと思う。
 一つの節目として行ったレコーディングだったが,結果的に本当に転機になった。これ以降気がつけばエレクトーンからシンセサイザーへと創作の軸が移っていた。そのためのLPという脚本を描いていたわけではなかったのだが,新しい世界へ導く人,音,物との出会いがこの時期にあった。

テーマ:作詞・作曲 - ジャンル:音楽

大学生になった頃
 高校時代に冷め気味だったエレクトーン熱は大学に入ってからも再燃はしそうになかった。一方で聴く音楽が徐々に変わり始めていた。
 まずラジカセがステレオになりFMラジオを聴く機会が増えた。世界各地のジャズ・フェスティバルのライブを聴いたりしながら“ジャズ&フュージョン”というジャンルに惹かれ始めた。FM番組の情報も色々集めたが,そういえば「FMレコパル」っていつの間にか見なくなったどうなってたんだろう?
 FM番組といえば土曜深夜の「渡辺貞夫マイディアライフ」もお気に入りだった。ナベサダのライブも楽しいし,ゲイリー・マクファーランドやビル・エバンスにまつわるトークも興味深かった。そして自分が探していた音楽にたくさん出会えたような気がした。形式は多彩で伝統的なジャズ・カルテットもあれば,ロック的なエレクトリック・サウンドもあるが,広い作品群の中を探せば必ず欲しい響きがそこにある感じだった。
 その後いよいよCDプレーヤーを手に入れることにもなり,いわゆる“オーディオ”機材も揃ってきた。それまでは“家にあったLPを聴く”に始まって,“クラスで流行っているのを聴く”になり,そしてようやく“自分で発掘して聴く”ようになった。それまで池で漕いでいた小船が運河へ出てそして大海原へ出たのである。
 このような聴き方の変化が,続く大きな出来事もあって,創ることへ大きな変化をもたらそうとしていた。

マイ・ディア・ライフ(K2HD/紙ジャケット仕様)マイ・ディア・ライフ(K2HD/紙ジャケット仕様)
(2006/05/24)
渡辺貞夫

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"Funky X'mas Night!!''〜先走りの巻〜
 さてここいらでライブのレポートでも。
 12月11日,神戸のアカペラの“聖地”:三宮CASH BOXにて,Jack Beat Funkyによるクリスマスワンマンライブ「"Funky X'mas Night!!''〜先走りの巻〜」。
 この日は前半分くらいにはテーブルも置かれてやや余裕あり。営業的にはぎゅうぎゅう詰めの方がいいのだろうけど,聴く側としては特にドリンク付きチケットの場合はこれ位の方がいいなぁ。出演者多数のジョイントライブの時は身動き取れず息苦しいくらいの事もあったからね。
 オープニングはいつものテーマソングではなく「Last Christmas」でスタート。その後は「September」に続きおなじみのレパートリーで徐々にヒートアップ。1stステージの衣装は足元をブーツで揃えた以外は5人思い思いの軽快で洒落たいでたち。Meyのトークがいつも以上に熱く回転しまくれば,Epockの嘆き節は母親とのクリスマスの思い出に始まってルミナリエのカップル批判で大爆笑。「Sunshine Day」の新しい手拍子に客席も四苦八苦しつつ肩もほぐれたりして1st終了。
 2ndステージは今度はテーマ曲にのって黒のスーツで登場。聖夜とホワイトクリスマスをしっとりと聴かせたかと思えば,Epockがサンタの帽子をかぶってプレゼントタイム。椅子の裏面に当たりクジが貼ってあるとワイン獲得。それからジョイントなど時間の短い時には聴けないAimiのまったりトークでほんわかと。メンバーのトークをご機嫌そうにニコニコと聞いてる間も実は喋りたくてたまらなかったような。「ロマンス」など最近のお気に入り曲も披露。そしてアンコールは2回というこれもプレゼント。オフマイクもアカペラの原点を味わえて感動。
 ところでステージ後方の椅子に置いてあった小さなサンタの人形。クリスマスメニューとしてのケンタッキーの話の時に「カーネルサンダースです」ってオチかと思っていたら,そうでもなかったのね。

VOCEII-A CAPPELLA LOVE SONGS-(CCCD)VOCEII-A CAPPELLA LOVE SONGS-(CCCD)
(2003/12/10)
オムニバス香港好運

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テーマ:ライヴレポ・感想 - ジャンル:音楽

軽〜いフュージョンを聴きながら
 YMOが被コピーバンドではなくなっていた高校時代,シャカタクを聞き始めていた。軽快なリズム,親しみやすくて印象に残りやすいメロディー,YMOの対極にある“手が届く”と感じるバンドだった。エレクトーンでもよく弾いた(実際にやろうとすればもちろんそう簡単に演奏できるわけではないのだが)。 創作にかける心の体力が乏しかった時期に,挫折しかけた音楽家魂を癒してくれていたかもしれない。
 この時期のシンセといえば,コルグのPOLYSIXやローランドのJUNOなどアナログシンセの時代。かつてスタジオの壁一面にオシレーターなどの機材が並んでいた重装備のスタイルから,徐々に小型でも高性能になり,ほぼ現在のキーボードのデザインに近づいていた。その後高校卒業の頃にはいよいよヤマハのDX7が登場してデジタルシンセの時代が来る。さらにアマチュア向けの多重録音機材も増えつつあった。
 でも当時はそういった機材への関心は薄く,音楽雑誌を買ってもアーチストやアルバムに関する読み物が目当て。もしもシンセやレコーダーなどの記事にもっと目を向けて音楽活動の軸をエレクトーンから移していたら,と,やはり想像は尽きない。

ナイト・バーズ(K2HD紙/ジャケット仕様)ナイト・バーズ(K2HD紙/ジャケット仕様)
(2008/06/04)
シャカタク

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思春期の相談相手はビリー兄貴?
 高校時代も楽器は依然としてエレクトーンであったが,演奏も創作もあまり活発ではなかった気がする。やはり受験勉強が忙しかったのか,それとも恋に夢中だったからか?(笑) 実際に部活動や文化祭などの行事なども含め“学校でのこと”が時間的にも心の中でも占める割合が増えてはいた。
 あの頃よく聴いていたといえばビリー・ジョエルだなぁ。聞きとりやすい英語の歌詞が心にしみていた。時には暖かいメロディーが,時にはクールなリズムが力となって日々を生きていた。いろいろと精神的にも揺れた時期に,同情を求めたり勇気をもらったりしていた。
 一方YMOはといえば「BGM」「テクノデリック」と自己主張の強い芸術路線へ進み,「ライディーン」で入りかけたアイドル的路線と決別していた。もはやコピー演奏を楽しむ対象ではなくなり,彼らの創作力の凄さに圧倒されていた。

ソングズ・イン・ジ・アティックソングズ・イン・ジ・アティック
(2006/04/19)
ビリー・ジョエル

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歌謡曲は社会の中心から1ジャンルへ
 そんなYMOに湧いていた中学後半から高校初め頃,歌謡界はというと変革の始まりだった気がする。
 前述のザ・ベストテンにもニューミュージックと呼ばれる世代が台頭した。いろんな雰囲気の歌が聴けて楽しいのだが,そんな中ランクインしても出演拒否が増えてきた。活動の中心がTV出演からライブへ,シングルからLP(アルバム)へと変わろうともしていた。市場規模の拡大とも言える。長い拘束時間で短い出演時間であったり単価の安いシングル盤は,ライブやLPで充分稼ぐ自信のある者にとっては非効率的だからだ。
 大晦日には家族でコタツを囲んで「レコード大賞」と「紅白歌合戦」という風物詩も変わり始めた時期か。この時期に視聴率が急落したという話は聞かないが,兆候はあったのかもしれない。(家族の在り方や子供の小遣いもこの頃から現在へかけて随分と変わったし。)
 だが歌のジャンルや聴く形態の種類が増えることは,歌謡曲にとっても悪い事ではないはずだ。本当に出来のいい作品は市場がどんな形になっても皆に愛されるだろうから。

青春歌年鑑 80年代総集編青春歌年鑑 80年代総集編
(2004/11/03)
オムニバス岩崎宏美

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YMOのある生活
 YMOの凄さについては今更私が説明する立場でもないだろうから,こんな風に楽しんでいたという話をいくつか。
 自分的にはキーボードが主役であったことが重要。それまで日本でバンドといえばビートルズでありベンチャーズだったりしたわけで,キーボードも要所で登場したとはいえやはり脇役。エレクトーン奏者にとっては,「そうだろう,キーボードでこれくらいやってのけて当然だろう」という待望の“オーケストラ”構成だった。
 それからもう1つはライブ…には結局行けなかったのが悔やまれるが…まだ子供だったからとか,彼らはその頃日本を留守にしがちだったとかもあるが,なんだか遠い存在であることに満足していたかもしれない。で,そのライブであるが,ステージのたびに機材が変わったりアレンジが変わったりするので,同じ曲でも色合いが様々に衣替えするのである。世界各地のライブをラジオ等で聴きあさっていたが,その都度バージョンが変わってニューアルバムに出会うような楽しさがあった。
 さてそんな時期の私の作品だが,こうしてYMOに憧れていながらもエレクトーンの枠組みに縛られたままであった,そんな作品をMIDI曲集から1つ。
クリスタルアイ (MIDI, GM, 34kB)
 発表会へ出て演奏するのもこの曲の時期が最後だったと思う。これもYMO生活の影響か。YMOを演奏するのは曲を創る以上の労力と達成感があったりしたものだった。

ONE MORE YMOONE MORE YMO
(2007/03/21)
YMO

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YMO現る!
 さてそうして始まった中学時代であるが,最大の出来事といえば何といってもイエロー・マジック・オーケストラの登場だ。(YMOと略されるようになったのはだいぶ後だと思う) ある日何の気なしにラジオのチューニングを回していたら飛び込んできたライブ演奏。『千のナイフ』や『東風』だったけど,うわっ何だろう!と感動してもう釘付け。それ以後ラジオの番組表なんかも目を皿のようにして調べたりして随分聴いたなぁ。
 世間からはシーケンサーやコンピューターがどうのこうのと評されていたけど,自分がバンドとかやっていなかったせいか,手法の話題にはあまり興味は沸かなかった。とにかく作品に感激。爽快で素直な聴き心地と,それが実は技術の粋が尽くされた完璧な造り。コピーしようと思ってもメロディーを追うのが精一杯で弾いてみても全然違うじゃん,と愕然。そして楽譜を見てみればここまでやるかという手の込みよう。それを両手でなんとか弾いてみれば,へぇ〜そういうことだったの!と驚嘆。気軽にコピーして楽しめるバンドもそれはそれで楽しいけど,遥か手の届かない天上の楽曲がそこに存在していた。しびれながら震えながら聴いていた。
 もちろん学校でも話題沸騰。歌謡曲も楽しいけど所詮先人から受け継がれた財産のようなもの。それよりこの新しい音楽が自分たちの時代に誕生して世界へ広まっていくストーリーに優越感のような興奮を感じ胸躍らせていた。

ソリッド・ステイト・サヴァイヴァーソリッド・ステイト・サヴァイヴァー
(2003/01/22)
YMO

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イエロー・マジック・オーケストライエロー・マジック・オーケストラ
(2003/01/22)
YMO

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今思うあの頃の音楽事情
 70年代終盤あたりからアナログシンセの華やかな時代を迎え,コルグのMS-20など国産のシンセサイザーも増えてきていた。また録音機材としてはTEACの144が登場し,MTRもカセットテープが使える普及時代が始まっていた。
 …という事実を私が知ったのはずっと後になって,むしろ最近といった方がいいくらいで,当時はこんな新しい流れを全く知らずにいた。
 もちろんこの時期も私の音楽機材はエレクトーンだったわけであるが,オルガン系のみとはいえある程度音色は変えられる,簡易だがリズムもありベースも弾ける,ということで私の作品くらいなら表現力として間に合っていた。レコーディングについても同様にモノラルのカセットテープにただ“録音する”だけで事足りていた。何を使えばそれ以上の何ができるかを知る機会に出会わないでいた。
 もしも上述のような機材を手に入れるとまでいかなくても店頭で触れたり雑誌で熟読していたら,その後の音楽人生がどうなっていたかは想像しても尽きることはない。だがシンセやMTRを使いこなす身にならなかった私はその後,聴く側として最新技術の虜となった。そう,YMOの登場である。
 さてそんなエレクトーン路線の本流下にあった当時の私の作品をMIDI曲集から1つ紹介しよう。
GEMBY (MIDI, GM, 64kB)
 みちのくの厳美渓や平泉へ行った旅の思い出をイメージした作品で,「厳美」「幻美」「gem」をかけたタイトルをつけた。最近でも演奏する機会が多く,ある程度まとまりのある作品であった感じもする。

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話題の中心にベストテン
 中学生時代の歌番組といえばなんといっても「ザ・ベストテン」である。木曜になれば順位予想や好きな歌手への応援などで激論し,金曜になれば結果に対して喜びや不満が飛び交って,学校でも家でも話題の中心にあった。この番組の影響でラジオのランキング番組への興味も増して,毎週たくさんの歌を何度も聴いていた。
 ザ・ベストテンの初期の花形といえば沢田研二が一番にあげられよう。もちろんその名曲や歌唱力もさることながら,順位へのこだわりや自前のセット付き衣装などサービス精神旺盛で番組を盛り上げていた。歌謡曲が実に楽しい時代でもあった。
 それから番組中の「スポットライト」では後に「ニューミュージック」と呼ばれる世代が紹介され,フォークだったりロックだったりの流れを受け継ぐ新しい歌い手たちがそういう分野に縁が無かった「お茶の間」にも進出を始めた。ライブハウスからの生中継など,ファンにとっては当たり前の光景も,知らなかった者には新鮮な衝動をもたらした。歌謡曲の全盛時代を支えた番組が,次のステージの幕を開けた頃とも言える。

ロイヤル・ストレート・フラッシュ 2ロイヤル・ストレート・フラッシュ 2
(2005/09/07)
沢田研二

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アイドルが咲いて散ったあの頃
 小学校の高学年の頃になるとキャンディーズやピンクレディーの大ブーム。みんな教室で踊ったりして騒いでいた。雑誌やTVの話題に花が咲いていた。そんな人気絶頂期にキャンディーズは突然の引退。急な知らせに「どうしてくれるんだ!」と真剣に怒って暫く不機嫌だった者もいた。私はそういったニュースには特別な感情は抱かなかったが,それでも「微笑がえし」には別れの切なさをしんみりと感じるようになっていた。初めて味わう“卒業式の唄”だったのかもしれない。
 さてその頃の私の作風はというと,多少の進歩はあったかもしれないが,それは芸術性ではなく所詮は技術や知識の領域か。型にはまったコード進行探しといった感のあるこんな作品あたりということで。(MIDI曲集より)
東京のテーマ(MIDI, GM, 28kB)
 当時横浜に住んでいた私の東京のイメージはこんなだったらしい。MIDI曲集の中ではこれが最も初期の作品となる。やっと聴かせられる水準になった頃とも言えよう。

キャンディーズ・タイムカプセルキャンディーズ・タイムカプセル
(2008/09/03)
キャンディーズ

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〈COLEZO!〉ピンク・レディー ベスト〈COLEZO!〉ピンク・レディー ベスト
(2005/03/09)
ピンク・レディー

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“ロマンス”に憧れて
 時代を戻して懐かしい歌の話の続きを。
 「花の中3トリオ」や「新御三家」は歌謡曲を子供達に近づけた存在でもあった。それ以前のヒット曲では例えば「喝采」や「よこはまたそがれ」なんかは子供心にも印象的なフレーズなど歌としてはよく覚えていたし,大人になって聴けば間違いなく名曲だが,内容はといえば子供には無理がある。これらと比べれば「それはせん〜せい〜」や「僕達男の子〜」の方がはるかにとっつきやすい。そうして学校でも話題になる子供達のチャンネルに歌謡曲が入ってきた。
 そんな中3トリオに続く世代である岩崎宏美の歌が私の心に強く響いた。まぁ本当の恋などまだ分からない歳かもしれないが,それでもあの澄んだ歌声とともに心へ語りかけてくる歌詞をドキドキしながら聴いていた。彼女はその後も歌の輝きを増しながらヒットを飛ばし続けてデビュー30周年を迎えたとは感慨無量。記念のアルバムなど聴いていると,私の人生のドラマも甦ってくる。

岩崎宏美 ROYAL BOX~スーパー・ライヴ・コレクション~岩崎宏美 ROYAL BOX~スーパー・ライヴ・コレクション~
(2007/12/27)
岩崎宏美

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エレクトーン今昔
 昔話が続いているのでここらで今との比較話を少々。
 エレクトーンを習っていた頃に弾いていたのはD3Rという機種。音色はフルート,ブラス,チェロなどと名前はついていたが,どれも所謂「オルガン」音色。それがエレクトーンらしさでもあった。ソフトで,広い音域で使いやすく,ソロでもブロックでも違和感なし。プリセットのオートリズムがある以外はオートベースなどプログラム系の機能は一切ないが,それでエレクトーン本来の楽しさは充分発揮できた。
 一方最近弾いている(所有しているわけではない)機種はEL-100。音源はAWMやFMなので,よくあるGM音源と似ている。ピアノやブラス系など生楽器の音に近づけられている音もあるが,本格的なシンセには到底かなわない。いやむしろそういう音ではなくエレクトーンらしいソフトさが少し残っているのがありがたい。
 シンセ,ギター,ベース,ドラムスといった具合にそれぞれ専門家が演奏するバンドがアラカルトなら,エレクトーンは1つの盆にまとめて1人で演奏する定食のようなもの。楽器はそれぞれが持つ役割を見失わないことで長く愛されると思う。

新エレクトーンレパートリー グレード6級新エレクトーンレパートリー グレード6級
(2003/10/23)
不明

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我が歌のアルバムをめくれば…
 さて70年代前半には世間ではどんな歌が流行っていたっけ。花の中三トリオや新御三家の時代か。
 歌番組としては玉置宏の歌のアルバムが印象に残っているなぁ。演歌にアイドルにフォークにと,当時の歌文化の縮図だったような気がする。夜の歌番組もいくつかあったがよく思い出せない。まぁ昔の子供達は今ほど夜更かしではないので(笑)。もっとも大人の生活リズムや行動半径も今とは随分違っていたし。
 それから今CSで当時のドリフターズの番組が放送されてるけど,そこにもあの頃のアイドル達が登場している。歌詞の字幕が出ないのはもちろん,歌手名も番組の冒頭で紹介されるだけだったりするので,途中からだと誰だか判らなかったりする。そんな形式の違いにも時代を感じる。
 で,その「ロッテ歌のアルバム」だが,最近になって復活(再現?)コンサートが開かれたり,食玩になったり,CD化されていたりする。現代は何かにつけ懐古趣味だが,この名番組も例外ではないらしい。

ロッテ歌のアルバムロッテ歌のアルバム
(2003/05/21)
オムニバス黛ジュン

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気付いた時には曲創り
 そんな勝手気ままに演奏していた延長とでもいう感じで作曲をしていた。小学校2年か3年の時だったと思う。“作曲”と言うと大袈裟に聞こえるが,要は子供の落書きのようなものである。落書きだって創作絵画であったりするのだから。
 内容はといえば教科書通りの循環コードにメロディーを乗せたという感じ。曲ができてしまったので題はどうしよう?と家族と話しながら付いた題が「明るい庭」。まぁ何の味わいも雰囲気も無い曲に合ってるのかもしれないが。
 せっかくなので曲の一部をここで紹介。
“明るい庭”(MP3ファイル,0.7MB)
 ん〜,いかにも小学生っぽいですな。なおこの演奏は後々にレコーディングしたものなのだが,それでもなんと下手なことか。イントロからいきなり弾けてないし。演奏家としては自分の不向きぶりを痛感。

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